「若い人にも楽しんでもらえる

           琵琶奏者でありたい」
 
  琵琶奏者
    川嶋 信子さん    

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 川嶋信子さんはこの夏初めて、母の故郷で祖父母の墓がある弘前と自身がファンである三沢の寺山修司記念館で、薩摩琵琶を演奏した。弘前での演奏は、春、弘前城の狂おしいほどに咲く桜と街のたたずまいを見て、この地で演奏したいと思った。

 東京谷中を拠点に演奏活動をする川嶋さんだが、ふるさとと呼べる場所はない。果たして青森の人々が自分の演奏をどう受け止めてくれるのか、演奏当日まで不安だったという。

 弘前の演奏会場には藤田記念庭園洋館を選んだ。「琵琶と演奏する空間全体を楽しんでもらいたい」というのが川嶋さんのモットーだ。大正時代に建てられた重厚な洋館と薩摩琵琶を演奏する川嶋さんの着物姿はゆるやかに共鳴し合い、聴く者を遙かなときにいざなった。

 川嶋さんはもともと、劇団の養成所出身の役者だ。琵琶と出会い、岩佐鶴丈師匠の門下生となり、その後は琵琶奏者としての道を歩んできたが、根底には役者として培ってきた表現力がある。

 「祇園精舎」「壇ノ浦」「耳切れ芳一」。大振りな薩摩琵琶を繰り、優雅な撥さばきを見せる。風のうなり声、雨音、芳一の耳が亡霊によって引きちぎられる音も五弦と撥で表現する。高音から低音へと変幻自在に声音を変えて語り、演じきる。まるで一人芝居を見るような趣だ。「琵琶の音色、語りだけではなく、照明、演出、演奏する空間すべてを楽しんでほしい」と川嶋さんは話す。

 寺山修司記念館では、たまたま前日に出会った舞踏家の福士正一さんとコラボレーションして、舞台を作り上げた。川嶋さんは古典ばかりではなく、石川啄木や樋口一葉、竹久夢二の文学に思いを寄せ、自ら作曲した作品も演奏する。今回は大好きな寺山の短歌の中から、「まなざしのおちゆく彼方ひらひらと蝶となりゆく母のまぼろし」の一首を選び、琵琶で旋律をつけ、独特の節回しで語った。会場に置かれた蝋燭の炎がかすかに揺れ、幻想的なステージとなった。

 琵琶という楽器をたくさんの人に聴いてもらいたいという思いから、谷中でもさまざまなチャレンジをしている。定休日の銭湯で琵琶の演奏を披露した「LIVE IN 松の湯」、「ほうずき千成り市奉納パフォーマンス」、六義園や小石川後楽園などいにしえの時間をまとう場所や建物との共演など、演奏の形態は多彩だ。

 子供たちにも琵琶に親しんでほしいと、「金襴緞子の帯しめながら」と歌う「花嫁人形」、「十五夜お月様ひとりぼっち」で知られる「花かげ」など従来の琵琶の概念から離れた楽曲も披露している。

 「今回の青森でのコンサートは、本当に驚くほどみんな一所懸命に耳を傾けてくれて、感激しました。津軽藩は琵琶を大切にしてきた歴史もあります。若い人にも気楽に聴いてもらえるような琵琶のコンサートを、来年もまた青森県内で開きたい」と川嶋さん。琵琶が紡いでくれた母の故郷とのご縁。これからも大切にしていきたいと思っている。

                                         (文責・清水典子)








 

 


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