「司法書士というのは女性に向いた仕事。自宅でできるし、作文能力が少しあればいいの」。藍染のブラウスが仕事着という貴子さんはゆっくりとした口調で話す。司法書士は国籍取得、戸籍、登記など法務局に提出する書類や離婚調停の申立て書など裁判所に出す書類を製作する。
現在、県内に女性の司法書士は六人。一九七二年、県で初の女性司法書士が二人誕生したが貴子さんはそのうちのひとり。二十五年のキャリアを持つ。
女性司法書士第一号と聞くと、やり手のキャリアウーマンを想像するが、貴子さんは野の花が大好きというしっとりとした雰囲気の女性。自宅兼事務所の前には、いつ通っても季節の花が手おけに生けられ、風に揺れている。
事務所の中もおよそ事務所らしくない。低くクラシックが流れ、棚には作家のぐい飲みが並び、コスモス、エノコログサ、ホトトギスなど秋の草花が殺風景になりがちな仕事場に彩りを添える。おいしいお茶が出されると、友人宅に来たような気分ですっかりくつろいでしまう。
「この仕事は人の人生と向き合うことも多いんです。十年ぐらい前は毎日離婚調停の人が来ていたし、五年くらい前は自己破産申し立ての人が多かった。時代の流れの分かる仕事です」
離婚、婚約破棄など悩みを相談に来る人もあるという。女性の司法書士だから女性の気持ちが分かってもらえそうとわざわざ電話してくる人、話だけして満足して帰る人もいる。「登記の仕事だけやっていれば楽しくない。裁判関係の仕事は話を聞いて、日数を掛けて書類作って、手間は掛かります。でも、相手にお世話になりましたって感謝されればうれしい。ただこれは全然お金にはならない、 ほとんどボランティアね」
司法書士を目指せとアドバイスしてくれたのは、ご主人の巖さん。貴子さんは仙台の東北学院大で文学を勉強していた。巖さんは東北大法学部の学生だった。学院大の学祭で二人は知り合った。「東北大や学院大の法学部にちょこちょこ通って、『盗聴生』して司法書士の勉強をしました」
二人はおしどり夫婦としても有名。自転車を二台並べて走らせ、市内のギャラリーへ。陶芸展や絵画展で肩を並べて鑑賞する二人の姿をよく見掛ける。休みの日には二人で岩木山や八甲田の湿原に山歩きに出掛ける。「仲のいいとこ、悪いとこそれぞれあるけど、他の人たちより少し仲の良いパーセントが高いのかも」と貴子さん。
二人には共通の夢がある。長男正憲さんね21、次男正樹さんね19はそれぞれ東京でプロの棋士として活躍中だ。「少年少女囲碁全国大会小学生の部」で優勝した正憲さんは小学校の卒業式の翌日、東京の大枝雄介棋士の内弟子となった。正樹さんは中学一年から日本棋院の寮生となり、プロの棋士目指して修行。棋士として活躍する二人の姿を夢見て、以来仕送りを続けてきた。
「下の子が二十二歳になるまでは頑張って仕送りしないとね」と貴子さん。「息子さんたち、楽しみですね」と水を向けると「えぇ、楽しみ」と穏やかにほほえんだ。 |