平成11年11月13日
弘前市一番町
革細工職人
寺田 茂樹さん
書 家
沙舟さん
「夫は新人革職人 淡々とわが道歩む」
弘前市一番町の坂の途中に、百年は時を経たという古い革具屋さんがある。
一代目当主亀蔵の名を取って、亀屋馬具店。今年の春、三代目を継ぎたいと新人革職人が見習いに入った。寺田茂樹さん、六十歳だ。
店内を通り、暗いトンネルのような小路を抜けると、色鮮やかな黄色の家が出現する。ここが寺田さん夫妻の新居。妻は書家であり、馬具店の次女である沙舟さん(51)。肩まで伸ばした市松人形ヘアーとミニスカートがトレードマークの女性だ。
脂の乗った女流書家と仙人のような風貌(ふうぼう)の革細工職人。テレビドラマのような、一見不思議なカップルだが、絶妙なコンビネーションを見せる。「茂樹さん、少し髪なぜた方がいいと思うよ」と沙舟さんが言えば、言われるままに鏡に向かい、素直に髪にくしを人れる茂樹さん。そのさまがなんともほほえましい。
中学校の教諭を一年早く退職したこの春から、茂樹さんは髪とひげを伸ばし始めた。「単なる不精」と笑うが、心機一転の思いがあるのだろう。「昨年の秋、教師を辞めて革職人になると言い出した時は驚いた」と話す沙舟さんだが、「この亀屋の家をなくしたくなかった」という茂樹さんの決意に、誰よりも喜んでいるのが沙舟さんだろう。
情熱的な書を書く沙舟さんだが、二人は意外にもお見合い結婚。「この人、すごくすてきな人だったの。目も今より倍も大きくて、スポーツマンで。世間ずれしてないって感じ。今も世間ずれしてませんけど」と沙舟さん。「背が高くて、スポーツができる女性かなと」。そこが気に人ったと照れ笑いを見せる茂樹さん。結婚してあっと言う間の三十年だったと二人は笑顔を見せる。
馬具店では、戦前は馬のくらや面綱(おもずな)、戦時中は軍隊で使うバッグや馬の用具、戦後はランドセルやカバンを手作りしていた。現在は職人さん三人で、バッグや犬の首輪などをこつこつと制作している。
茂樹さんは手縫いにこだわる。「ミシンより手縫いの方が自分で作ったという感じが強いはんで」。半年やってみてどうですか?と問えば「自分で考えて形ができるって面白い。何もあきてこないから、割りと合っているのかな」
一方の沙舟さんは「商売しているって誰も思わないよね。よく食べてるものだって不思議でしょ」。アッハッハと大きな口を開けて笑うが、昔は内気で口数の少ない女の子だったらしい。
「書を始めて変わった。わたしはだめと言ってはいられないのが書の世界です」。締め切りが迫れば、寝ないで作品を仕上げる姿にケンカをしたり。初めは書に理解を示さなかった茂樹さんも、一九八〇年、沙舟さんが妹の黄娥さんと開いた書の姉妹展を見、書家としての妻に協力するようになったという。
沙舟さんは派手で自己主張の強い女性に見られがちだが、実は料理や裁縫が得意という家庭的な面も。「この人の料理は料亭なみだよ」と茂樹さんもほめる。沙舟さんの手料理と赤ワインで晩酌というのが寺田家の常。「いつか、亀屋をバンと再建できたらいいよね」と二人は顔を見合わせる。
片方が我慢するでもなく、合わせるでもなく、それぞれが好きな道を淡々と歩んでいる、そんな夫婦。「でもね、この髪とミニスカートは亭主の趣味なの」。沙舟さんのトレードマークはご亭主の好みだったとは。亭王の好きな赤烏帽子(えぼし)ならぬ、ミニスカートに脱帽。 |